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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)433号 決定

抗告人

今野国樹

右代理人弁護士

山口不二夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び抗告の理由は、別紙執行抗告状及び抗告理由補充書記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  執行抗告状記載の抗告理由1、2について

(一) 記録によると、株式会社ダイエーが本件抵当権設定登記後である昭和六〇年一二月二二日当時の所有者久保田稔から本件建物を期間三年、賃料一か月一万五〇〇〇円、賃借権譲渡、転貸自由とする特約のもとに賃借し、抗告人が本件競売開始決定による差押登記(昭和六一年一月一七日)前である昭和六〇年一二月三〇日期間二年一〇か月の約定で転借した旨の書面が作成されていることが認められるが、他方、記録によると、久保田稔と株式会社ダイエーとの賃貸借契約は、全期間の賃料を受領済としながら他に敷金として六〇〇万円という多額の金員を授受したかのような書面が作成されていることが認められ、また、本件競売申立人である相銀住宅ローン株式会社は、久保田稔、株式会社ダイエー及び抗告人に対し東京地方裁判所に久保田稔・株式会社ダイエー間の前記賃貸借契約が抵当権者に損害を及ぼすものとして同契約解除等を請求して提訴し、昭和六二年三月九日抗告人ら敗訴の判決がなされ、抗告人らが控訴した(当庁昭和六二年(ネ)第七八九号、同第八一五号事件)こと、その後本件建物につき売却許可決定がなされて昭和六二年六月五日買受人により代金納付がなされた後、右控訴審で昭和六二年七月八日の口頭弁論期日で抵当権者であつた相銀住宅ローン株式会社が解除請求権につき請求放棄がなされたことが記録上認められる。

右事実によると、久保田稔と株式会社ダイエーとの前記賃貸借契約は、建物利用を目的とする正常な賃貸借ではなく、執行回避を意図してなされた濫用のものであるというべきであるから、その転借人である抗告人も、民事執行法一八八条で準用する同法八三条一項本文にいう差押えの効力発生前から権原により占有している者又は差押えの効力発生後に占有した者で買受人に対抗することができる権原により占有している者、そのいずれにも当たらず、抗告人に対し引渡命令を発しうるものと解するのが相当である。

(二)  抗告人は、本件競売申立人である相銀住宅ローン株式会社の債権額は、利息・損害金を含めても四九八二万七四〇七円であるところ、本件競売の目的不動産は一億一七〇〇万円で競落されているから、右債権額を弁済しても十分余裕があり、株式会社ダイエーの賃借権ないし抗告人の転借権により何らの損害を被ることはないと主張するけれども、相銀住宅ローン株式会社による前記賃貸借契約解除請求は少なくとも第一審において認容されており、単に抗告人主張のような右事実のみでは久保田稔と株式会社ダイエーとの賃貸借契約が抵当権者に対し損害を及ぼさないものとは断定し難いのみならず、そもそも右賃貸借は前記のとおり濫用のものであるから、転借人である抗告人の占有権も、法律上の保護に値いせず、引渡命令を拒む理由とはなり得ないので、右主張も採用できない。

2  同3について

抗告人は、昭和六一年五月二四日本件建物に隣接して建築した車庫の建築費の支払を受けるまで本件建物を留置する旨主張するけれども、本件建物につき昭和六一年一月一七日競売開始決定による差押登記を経由しており、前記車庫の建築はその後のことであるところ、記録によれば、抗告人は本件建物の占有が競落人に対抗できないことを知りながらこれが占有を継続していたものと認められるので、民法二九五条二項の類推適用により右車庫の建築費用につき留置権を主張することはできないものと解するのが相当である(最高裁昭和四八年(オ)第四九四号同年一〇月五日第二小法廷判決・判例時報七三五号六〇頁参照)。

3  抗告理由補充書記載の抗告の理由について

相銀住宅ローン株式会社が久保田稔、株式会社ダイエー及び抗告人を相手方として提訴した前記賃貸借契約解除等請求訴訟の昭和六二年七月八日の控訴審口頭弁論期日において抗告人らに対する請求放棄をしても、右の請求放棄は、本件建物についての売却が実施され、売却許可に基づく代金も納付されたもので抵当権者としてはこれが代金の配当により満足を得ることができれば抵当権者において右解除請求訴訟を維持する必要がなくなつたために放棄したものと考えられ、また、抗告人主張の本件建物に対する占有権原として主張する転借権はその基本となる株式会社ダイエーの賃借権が前記のように本件引渡命令を妨げるものでないから抵当権者である相銀住宅ローン株式会社において賃借権を解除するまでもなく、また、解除請求権の放棄があつたからといつてもともと買受人に対抗できないものであるから、本件建物は売却代金の納付により既に有限会社恵誠に所有権が移転しており、右放棄は抗告人に対する本件引渡命令の当否に何ら消長を来すものではない。

4  以上の次第で抗告人の抗告理由は、いずれも理由がない。

三したがつて、本件建物につき、抗告人に対し、民事執行法一八八条で準用する同法八三条一項本文に定める引渡命令を発しうるものというべきである。

よつて、抗告人に対し引渡命令を発した原決定は相当であつて、これが取消しを求める本件抗告は理由がないので本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官舘忠彦 裁判官牧山市治 裁判官小野剛)

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